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坂口憲二が特発性大腿骨頭壊死症を乗り越える

俳優の坂口憲二さんが関節の痛みで休業されていました。診断は突発性大腿骨頭壊死症。この難病を乗り越え、復帰しするまでには闘病生活があったと言います。

坂口憲二さんと言えば、父が元プロレスラーの坂口征二で母は元女優、デビューは1999年にファッション雑誌『MEN’S CLUB』のモデルでした。

また、同年「ベストフレンド」というドラマの出演で、俳優としても活躍の場を広げました。

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2014年6月23日に坂口さんの所属事務所は、突然の休業を発表しました。

坂口さんは1ヵ月前からドラマの撮影中に肩の違和感を訴えており、その後、股関節へと痛みは移り、さらに激痛で歩くことさえ困難になったそうです。

坂口憲二ちょうどこの時「続・最後から二番目の恋」を撮影している最中でしたが、共演者には痛みで苦しむところは一切見せなかっといます。

休業宣言後の7月に入院し、治療に専念することになりました。診断は“特発性大腿骨頭壊死症”と報道されています。

この特発性大腿骨頭壊死症とは、大腿骨頭の一部が、血流の低下により壊死に陥った状態です。

危険因子により、「ステロイド関連」、「アルコール関連」、「明らかな危険因子のない狭義の特発性」に分類されます。

日本全国における1年間の新規発生数は約2,000~3,000人で難病指定されていて、30~50歳代の働き盛りの年代に発症すると言われています。

壊死の大きさや位置から予後がよいと判断できる場合、保存療法が適応されます。

自覚症状があり、圧潰の進行が予想される時には手術が適応でされ、人工の関節にし、車椅子生活を余儀なくされる場合もあります。

坂口さんは、難病発症の3ヵ月前に結婚したばかりでした。また、9月には出産を控えており、奥さんの心配は計り知れません。

しかし、奥さんは身重ながら坂口さんのために専門医に話を聞き、セカンドオピニオンを利用し、よりよい治療を受けれるよう病院を探しつづけたそうです。

坂口さんは“股関節の名医”という医師との出会いもあり、手術せずに治療を受けることができ、奥さんの支えもあって治療経過は良好でした。

坂口憲二の復帰は、休業から3ヵ月後、足の痛みも治まり、状態の良くなってきた坂口さんは以前からナレーションを務めていたTBS系番組「夢の扉」で仕事復帰を果たしています。

プライベートでは同年9月に無事に第1子を、また、2016年6月には第2子を授かり、幸せな生活を取り戻していっています。

現在では、CM出演なども果たし、徐々に活動を再開しています。

 

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