徳光和夫が急性心筋梗塞を克服

徳光和夫(心筋梗塞)

フリーアナウンサーの徳光和夫さん(当時60歳)が2001年6月に「急性心筋梗塞」のため、入院したことを発表しました。

徳光和夫さんは1941年3月3日生まれ、東京都目黒区出身のフリーアナウンサー。「24時間テレビ 愛は地球を救う」や「3秒聴けば誰でもわかる名曲ベスト100」などの総合司会を務めてきました。

テレビドラマ「勇者ヨシヒコと導かれし七人 」や映画「母 小林多喜二の母の物語」などにも出演し、タレントとしても活躍している。

そんな徳光さんですがゴルフ前日に泊まっていたホテルにおいて異変に気づいた奥さんが救急車を呼び、緊急搬送されました。 後にテレビ番組で徳光さんは「あの時、奥さんがいなければ俺、死んでたかもな」と語っています。

徳光さんは以前から味覚の異変を感じており、食事が美味しく感じられない、食欲がない、胃がもたれるといった症状があったといいます。これらの症状は日に日に増していき、これが心筋梗塞のサインだったのかもしれません。

今回、心筋梗塞の発作から約16時間が経過してからの処置だったことから、もう少し遅れていたら命の危険があったといいます。

また、徳光さんが搬送された病院ですが、偶然に直前まで同じカテーテル手術を執刀していた医師が処置してくれことが不幸中の幸いでした。

当時の徳光さんは、多忙な時期には睡眠時間は毎日4~5時間程、また脂っこい食事が大好きで1日80本吸うほどヘビースモーカーでもありました。

手術後、3日間はICU(集中治療室)で過ごした後、一般病棟へ移り、月末には退院されています。退院後から禁煙をはじめたようです。

徳光さんは、週刊朝日増刊「朝日脳活マガジン ハレやか 4月号」で、急性心筋梗塞に患ったときのことについてコメントしていた。健康の秘訣は?と聞かれると「健康の秘訣という、その質問自体が不健康だ!」と言っていた。でも倒れてみたら、不摂生の塊でした。医師から言われたのは「本当に危なかった。助かった理由は、奥さんが水を飲ませたから」。大量に飲むことで詰まった血管が少し開き、血液が流れたという。それからですよ。まあ、それまでも力関係はかみさんが上だったんですけれども、ますますわが家の女王になりまして。頭が上がらない(笑い)。

【引用元AERAdot.】

その後、2011年には「24時間テレビ」のチャリティーマラソンで見事73キロ完走されています。現在はバラエティ番組や総合司会など数多くの番組でご活躍されています。

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